2017年02月05日

今期のドラマ

ツイッターに今期のドラマの感想を書いてたりしてるんだけど本当に「カルテット」が面白いな。
録画したものやTVerの動画をずっと繰り返し流しっぱなしにしたりしても飽きないし心地よさがすごいし、見る度に「あ、ここってこうなってるんだ」「ここでこんなこと言ってるな」とか発見があったりする。
去年のドラマは「逃げるは恥だが役に立つ」も面白かったけど、個人的に1位は「この恋を思い出してきっと泣いてしまう」でした。毎週超楽しみだった。この二つと同じ脚本の人のドラマ(「最高の離婚」)がネットフリックスにあったのでリアルタイムで見てたけど、もう一度全部見てしまいました。これも面白いけど、もう少し演劇臭の少ないカルテットのほうが好きだな。音楽がすごいのかな。とにかく松たか子がいいです。最高。
その人のまだ見たことないドラマ「それでも、生きてゆく」も見始めたけど、やっぱちょっと子どもが死ぬ系は無理すぎてすぐに停止しました。

そんで、今期のドラマの「スーパーサラリーマン左江内氏」のキョンキョンが恐すぎて、つらい・・・つらい・・・と思いながら見てたんだけど、妻の主張するよく分からない理由によって夫の仕事が阻害される、っていうシーンが本当に苦痛すぎて、もう、無理だ・・・って思った。
横暴な鬼嫁に侵害される弱い夫、っていうのがギャグというか笑えるポイントなんだと思うけど、過去にマジのガチでそういう経験(母や元彼の意味不明・常識外の要求により自分の生活・思考が侵害・断念させられる)がありまくる自分にとってはリアルにエピソードを思い出してしまい、途中からもうテレビ画面を見ていても内容が全く入って来ない状態に何度もなる。笑えないし不快すぎて断念した。「これが笑える人って、なんかいいな・・・」と思った。
「下克上受験」も1話見て、続けられそうだと思ったけど、主人公が「中卒はだめだ」とどうして思ったのかよく分からなくて(ちゃんとした職業に就いて実績も上げているので)、予告で子どもの受験のために無職になった、みたいなのが「ウウウ・・・」ってなった。

書いてない他のドラマもたくさん見ています とにかく断トツが「カルテット」。カルテットとコラボのはらドーナツが食べたい!
posted by tabusa at 20:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

無駄な時間

子どもが「これ、こうしたんだよ〜」とか言ってきて「ほんとだ〜 そうしたんだね〜」とかみたいなどうでもいい会話をしている時、200回に1回くらい、
「ああ、こういう時、母は、叔母は、いちいち私に『アンタはどうせ、こうでしょう笑』って嫌な気分になることを言ってきたりしたなあ」と思うことがある。
例えば、私がしたことで、AとBのやり方があったとして、私が「Aでやった」と言ったら、「Bでやればいいのに ばかねえ」とかそういう感じ。AでもBでもどっちでもどうでもいいようなことであっても、「あんたはダメだ」という結論に持って行く。
母も叔母も、すべての会話をそれで返してくるわけではなくて、そのまま「そうなんだ」と言ったり褒めたりてくれることもあったと思うけど、そういうイヤミを言う時もあった。
おばあちゃんはそれを私にはほとんどやらなかったけど、自分の娘たち(母と叔母)には逐一やっていた。


大人が子どもを相手にそういう言動をする、というのは、私の育った家庭だけではなくて、日本中に溢れてる。ドラマやアニメでよく見るし、一番分かりやすいのはジブリの「おもひでぽろぽろ」。あれは家族がずっと罵り合う(特に主人公に対しての姉たちがひどい)映画だ。
相手が自分より幼いと、そういうことが言いやすいんだとは思う。

私はそういうのが嫌で、そういう世界から離れることをここ数年頑張ってきた。自分の娘に1ミリも意地悪なことを言っていない、とは全く思ってないけど、ああいう言動を思い出すと、どうして人と話している時にそんなイヤミな発想が真っ先に出てきて、さらに口に出してしまうのか、よく分からないなって思う。
ああいうのは、方言とか訛りとかと同じで、単純に伝染るものなんじゃないかと思う。だからそういうことをどうしても言ってしまう人というのは、自分も日常的に言われているという環境に必ずいると思う。それか、過去に言われる環境に居続けていて、その「返し」しか知らない、癖として体に染み込んでしまっている、んだと思う。やめるには「やめる」と意識しないと無理だと思う。
つまり「言ってやろう」とか思う前に口から出ている。自分では全くの無自覚。だから相手がそれで不機嫌になったり怒ったりすると「そんなささいなことで怒るなんて」とか「間違ったことは言ってない」と主張する。相手は自分より“下”の存在だから、それで丸め込める。自分が、相手を貶めるようなイヤミを言ってるということに気づいてないから、怒る相手に謝れるはずがない。
そのことにより無駄な、本当に無駄な、生活上に一切不必要な諍いやイライラ気まずさが生まれる。123で進むことが、12345678910くらいかかった上に、45678あたりでは感情や心がグッチャグチャに潰されるような時間が流れる。
あんな時間を過ごすなら、ネットのどうでもいいまとめサイトをボ〜ッと眺めてるほうがまだマシだなって思う。それくらい、私はあの、家族間の、罵る必要なんて全くないのに無自覚に無意識に罵るというつまらない時間 を憎んでるんじゃないかと思う。
posted by tabusa at 15:48| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

ありがとうございました

「キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜」
に登場する岡田法悦さんのインタビュー記事です。全3回のうちの第一回。
このブランシュシュで私もインタビューしていただいたので、こんど載る予定です。

http://www.blanchechou.com/interview/gestalt-01/

岡田さんが感情を感じられなかった っていうのは意外だな〜!
2回目3回目も楽しみ。

ゲシュタルトセラピーについては、「呪詛抜きダイエット」にも書いたけど、「キレる〜」には岡田さんの名前を書いたので、より検索して行きやすくなったのか、読んでくださった人から「ゲシュタルトセラピーに行ってみました」と聞いたり、ゲシュタルトのファシリテーターの人から「田房さんの本を見て来た、という人がすごく増えた」と聞くことがめっちゃ増えました。

==============

1/24のマドレボニータの吉田紫磨子さんとのトークイベントも無事おわりました。来てくださったみなさん、あたたかいメッセージ(感想アンケート)を本当にどうもありがとうございました!

サインの時に、「ネットでは怖そうな人だと思ってたけど、実際に会ったらやわらかい印象で驚きました」って何人かの人に言われました。ネットでは怖そうだけどやわらかい印象 というのはよく言われます。だけど大阪のイベントで、「気持ち悪い人だろうと思い込んでけど、気持ち悪くなかったです」って面と向かって言ってくれた人がいて、ビックリしました 笑
 
posted by tabusa at 05:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

風呂敷に包んで持って帰ってよい

最近ネットで見た、発達障害の人への対応の仕方についての記事。
(探したけど、見つかりませんでした・・・)

一体どんな対応をするんだろう、って見てみたら、『普通のこと』だったので拍子抜けした。
発達障害を持つ子どもに「早く帰るよ!」って言うだけでは癇癪を起こす、だから「こういう理由があってもう帰らないといけないんだ、帰ったほうがいいことがあるんだ」みたいな説明をちゃんとする、みたいなことが書いてありました。

発達障害を持つ大人の人への対応も書いてあって、「お昼ご飯はみんなで食べるほうがいいだろう!」と思った人が誘うけど本人は「話すことがなくてつらい・・・」とストレスを溜めていることがあるので、「あの人は一人でいることも大切な人なんだ」と理解しましょう、みたいな内容でした。

すごく分かりやすいサイトだったけど、
発達障害とか関係なく、これって人付き合いの上で、本当は当たり前のことだよね。
いかに、“発達障害じゃないとされてる人たち”が、相手の思い込みや決めつけを「好意(この人に悪気はないのだから)」として頭で変換して解釈し、自分の気持ちや気分よりも、その状況を優先させているか、ってことがよく分かった。


そんで、最近よく思い出すことがある。
中高生くらいの頃、私が学校とかで何かモヤモヤする出来事があって、家に帰って母に相談というか、話すんです。そうすると、母はこう言った。
「そういう嫌な気持ちっていうのはね、家に持って帰らないの。エイコちゃんがやっていることはね、『ああ、嫌だな』と思った時にそれを心の中にある風呂敷に包んでいるの。そして大切にそれを家に持って帰って、わざわざ家の中でその風呂敷を開けているようなものなのよ。だから、その風呂敷ごと、外に置いてきちゃいなさい」

母はこの表現が気に入っているようで、いつも優しい笑顔で言ってくるのでした。
私もすごく納得して、「そうだなあ、その通りだな」と思ってた。

でも、ぜんぜん出来ないんだよねそれ。風呂敷置いて来れない。
言ってる当の本人が、ぜんぜん置いてこれてなくて、家でモヤモヤした気持ちをめっちゃ私に話してくるし。笑
「お母さんが風呂敷置いてきてないじゃん」って直接言ったことも何度もある記憶がある。それとこれとは違う、みたいなことを言い返されてた記憶。

この、「風呂敷に包んで持って帰らない」っていうのは、一緒に住んでいる人にとっては理想だよね。一緒に住んでる人の愚痴を聞きたくないから、「持って帰らないで」って言ってそれで解決すれば一番いいですよね。

この、「愚痴を家に持って帰らない」は、普通に一般的に言われてることで、つまり忘れてしまえ、ってことだよね。そのためにお酒飲んだりする、っていう対応もあると思う。

無理なんだよ。無理。「持って帰らない」って決めて実行するなんて無理。気になってしまうことなんだから、気になっていていいんだよ。
例えば、ぜんぜん一緒にお昼食べたくない人が、良かれと思ってる風にランチに毎日誘ってきて、なんか断れなくて、それで毎日モヤモヤしてるとします。それを家に持って帰っていいんだよ。持って帰るべきなんだよ。そこで「持って帰ってはいけない」と思うことは、苦しみを更に増やしてるんだよね。
持って帰って、自分のモヤモヤを見つめてあげて、注目してあげて、「どんな気持ち?」って語りかけてあげる、それが大事。だって、日中はその気持ちを無視しなきゃいけないから。フォローしてあげないと。

例えば、夫の実家に妻が行った時、妻がニコニコしてるからいいんだと思って自分もリラックスしてたら、家に帰ってきてあーだこーだ!って文句言ってきたとする。もっとこうしてほしい!私はこんなことしたくなかった!って言ってきたとする。その時に、夫が「そんなこと言うんじゃねえよ!」「嫁だったら我慢してろよ!」とか言って、その気持ちをないことにしろ、って要求したとする。それか、妻に大量の酒を飲ませて黙らせたりしたとする。
それを繰り返すうちに妻は諦めて何も言わなくなったり、いきなりいなくなったりする。
不満の声が出てきた時に、それに向き合えるかどうか、がとても大切だと思う。

自分のモヤモヤは、自分からの不満の声だから、とってもありがたいことなんだよね。
その気持ちを聞いてあげるだけでも、いいと思う。
その人とランチを一緒に食べなきゃいけないという「状況」は変わらなくても、自分の気持ちは切り替わるかもしれないし、それによって「状況」も好転する機会もなくはない。
posted by tabusa at 09:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月09日

『窓』

この記事を見て、親族間の風通しの良さに驚いた。
=================
父の理不尽な怒りっぽさを妹が親戚前でパワポでプレゼン 発想&実行力がTwitterで称賛浴びる - ねとらぼhttp://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1701/06/news129.html
=================

この妹さんは小学6年生という。
すごいなあ〜 理路整然とまとめられる個人の能力もすんごいし、親族の前で発表できる(そうじゃないと意味が無いと考えられる・実行できる)、ってすごいなあ。

家族の誰でもが、『窓』を自由に開けられるってすごいことだな。小学6年生の次女(次女かどうか分からないけど)も窓を開ける権利を持っているってことが。
家によっては、窓があっても「お前は勝手に開けるな(子どもだから)」と言われていたりする。鍵を、家族の中で自分だけ持たされてないから物理的に開けられないってこともある。「どうして私は開けちゃいけないの?」と聞いても、「ダメだからダメ」と言われるだけで説明もしてもらえなかったりする。
窓がそこにあることを知らない、ってこともある。生まれた時から窓の前にタンスが置かれていたりして。
大人になってからふと家を見て、あんなところに窓があったんだ・・・と気づいたりする。家の中のタンスをどかして窓を開けてみたとしても、もうその時には自分は家の外に生活を持っているから、特に意味のないことだったりする。
家から出られない、子どもの時こそ、『窓』の存在がすごく大事なんだな。大人は無意識で開けっ放しにしていることもあれば、無意識に閉じて窓の存在を隠してしまうこともある。
この記事の妹さんが、自分で窓を開けられる環境にあったのか、無理矢理に割ったのかわかんないけど、子どもが開けてくれるってありがたいことだなと思った。

=====

お正月、たまたま出初め式みたいなのやってて、見てた。
↓ こういうやつ(これはネットから拾ったイメージ画像です)
87dc1997b250f4550266c45edb23ba09.jpg

image2.jpeg

こういうのって、わざとグラッとして「落ちる!」みたいなのあるじゃないですか。
その「落ちる!」の演技がめっちゃ上手い人がいて、その瞬間、私の心臓がキュルンッ!!といつもにはない動きで半回転みたいになった。その心臓の反応にビビってしまいました。だ、大丈夫か・・・って。
なんか、昔、自分にイヤなこと言ってくる人と一緒に住んでいる頃(0〜22歳までと22歳〜26歳まで)って、このキュルンッ!!が日常だったな、って思い出した。
その本人と一緒にいなくても、常にキュルンッ!!がある。自分が何か失敗した時キュルンッ!!ってなるし、失敗したかもしれないと妄想するだけでキュルンッ!!ってなるし、26歳以降ももうその人と住んでないのにキュルンッ!!だけは残ってた。
29歳の時、その人と意識的に縁を切ろう(その人のことを肯定するために自分を否定することをやめよう)って決めてから、だんだんキュルンッ!!がなくなってきた。
キュルンッ!!があることが、私の性質というか性格というか、人間が生きる上でキュルンッ!!は普通のことだと思っていた。だけど、キュルンッ!!のない穏やかな生活があるんだ・・・って知った時、本当に衝撃だった。
キュルンッ!!の自然持続は体によくないと思う。私は、背中がいつも痛かった。
posted by tabusa at 13:38| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

「納得」漫画とイベントのお知らせ

漫画 いまなら無料で読めます

ぜひとも読んで下さいっ!!!

「納得」についての漫画です。

母は嫌いで、娘は好きなもの(後編)
https://cakes.mu/posts/14945


こっちも漫画です。無料で読めます。最新話(4話)更新です

「頭からの圧」から解放されて見えたもの
http://blog.bookpeople.jp/angai/

===================

どっちの漫画も、テーマは「納得」ですね。「キレる私をやめたい」も、要は「納得」がテーマです。

今度、1/24、マドレボニータの吉田紫磨子さんとトークイベントします。こないだ、イベントは今年からしばらくやらないって書いたけど、今度こそほんとにこれで最後です。
イベントの詳細・予約はこちら→ https://gociao.jp/events/2358

紫磨子さんは、キレることは悪いことはじゃない って言ってます。
私は、「キレること」はすごくダメなことで直さなきゃいけなくて、人に迷惑をかけることだとずっと思ってました。それがキレることがほぼ消滅して、「キレる私をやめたい」を書いて、本が出て半年経って、この半年で、考えがまた少しずつ変わってきました。
私が漫画で描いた「キレる」は、パニックを起こすっていうこと。それが唯一の表現手段になってしまうことは、他人も自分も傷つける。
だけど、「キレる」こと、パニックになっているっていうこと、それが表面化するってこと自体は、そんなに悪いことじゃないって、私も思うようになりました。
(1月24日はそういうことを話すと思います)

特に子どもの「癇癪」はとても有益なものだと思うようになった。最近、だけど。
子どもの癇癪は、いろいろな意味がある。SOSの時もあるし、こちらへの意見・提案でもあるし、「好きなこと・やりたいことはこれである」という表明の時もある。
子どもに対しての自分の日頃の対応を振り返るチャンスだったり、子どもがどういう方向に進みたいって思ってるのかなあ、って思いを馳せられる楽しいヒントだったり、自分と子どもは違う人間なんだって確認できる機会だったりする。癇癪に対して上手く対応できるかどうかはまた別の話だけれども、「癇癪」自体が悪いもの、っていう概念が自分の中からなくなると、すごく余裕ができて楽しい。ような気がしてる。
そんで、自分の子以外の子どもの「癇癪」も、どんな意味があるんだろう、ってワクワクして見ることができて、これまた楽しい。(まあ、まだ幼児だし)

っていうことを思ってた昨日、この記事を読んだ。

完璧すぎる嫁〜自分の居場所がなくなる時・同居介護の難しさ〜
http://blogos.com/article/204331/

〜〜〜〜〜〜〜
Aさんが、夫の言動に怒って枕を投げた。
それにビックリしたお嫁さんが「この件に関して家族で話し合って、振り返りをしないといけない」って、ケアマネージャーに言う。
〜〜〜〜〜〜〜

Aさんの癇癪で、家族が動き出すんだよね。お嫁さんがちゃんと「振り返る」ことに取り組むのが、すごいいいな〜〜って思った。相談できる相手もいるのもいいし。

でもこういうケースってすごく珍しいような気がします。
私はこういう、老人介護とかよく分かんないからそれに対しては何も言えないけど、これ、Aさんが「子ども」の場合っていうのもすごくあると思う。
一生懸命やってるお母さんに何も言えなくて、「いい子」でいることを自分もがんばってるんだけど、ある日爆発してしまうってこと。
それか、日々爆発する(癇癪を起こす)ことでそのメッセージを発信したりって、よくある。
だけど、親って「子どもの癇癪」ってことで片づけることができちゃう。このAさんのお嫁さんみたいに「どうしてお義母さんがこんな行動を?」って家族の姿を振り返ったりすることなく、「この子はわがままだから」とか「この子はいつもこうすればいいと思ってる」とか、ヒドイ言葉でその子自身の性質の問題として片づけて終わらせてしまう。そういうことってたくさんあると思う。

なんか知んないけど、育児してる大人たちの間では、「この子はこういう子」とか「こういうタイプ」みたいなのはすごく語られるし速攻で決めつけて話が進むけど、「親の私はこういうタイプ」みたいな話があまりない。
性格なんて移り変わるものだと思う。性格っていうとあれだけど、結局、日常で目にしているのは相手の「表面化している態度」の部分だけだから、そんなもんはその人の一部であって、親自身も移り変わっているものだと思う。
だから親の態度でその子どもがそうなってるだけかもしれないのに、子どもの性質はもとから揺るがないもので、親がそれに振り回されている、みたいな概念になっている。

その概念がベッタリ貼り付いたままだと、Aさんのお嫁さんみたいに「振り返る」って発想ができないと思う。だって、子どもが「癇癪持ち」であるってことで、家庭内が落ち着いてしまっているってことだから。つまり、親がそれで「納得」しているってこと。

親のその「納得」に、子どもは「納得できない!」と癇癪によってメッセージを送る。
だけど一度「納得」したものから動くっていうのが、難しい状況っていうのがある。
それはどういう状況か。
親自身が、「納得できない」という立場にいる時。
簡単に言うと、親自身が、その親から「ダメな子」「癇癪持ち」とか言われたりレッテルを貼られてる状況に居続けているということ。実際に親と関わりがあって直接日常的に言われているという場合もあると思うし、直接言われたり会ったりする状況になくても「納得できない」って思いを抱え続けているままだと、自分の子の「納得できない」に対して柔軟な対応がとれるわけがない。自分が納得できないのに、それより下の立場の人の納得を与えられるわけがない。これは仕方が無い。
「納得できない」は感染・連鎖する。

感染を断つには、自分自身の「納得できない状況」から脱する必要がある。ウイルスがいる場所にずっといたら、感染し続けるのは当たり前である。

虐待の連鎖 って、さも、そういう血液があるみたいな話になる。そういうことをする体質があって、もう血縁の問題だから、逃れられない宿命、みたいな感じ。
私はそんなことはないと思ってる。虐待とか毒親とか意地悪、「納得できない」の連鎖っていうのは、遺伝性ではなくてウイルス性だと思ってる。思ってるっていうか実感してる。
暴力・凶暴性・意地悪は簡単に感染する。
水木しげる先生の戦争漫画にも、出てくる。兵隊達の暴力性を養うために、上の人たちが、ビビビンと意味なくビンタするって話。戦争は連鎖・感染の原理を使っていたんだ、って分かる。
自分の血液に怯えたり、他人の血液を蔑むよりも、それを知っていたほうが有益だと思う。
posted by tabusa at 06:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

イベント

5連続イベント。4回が無事終わりました
岡映里さん、金沢のママの会スニーゲルマムさん、大阪のフェミニストカウンセラーの加藤伊都子さん、ゲシュタルトセラピーの岡田法悦さん、とお話して、すっごい楽しかったし、毎回気づきがあったし、ほんとなんか、「こういうことがしたい!」っていう夢がたくさんふくらみました。
なんか、なんとなく同じ時期にイベントが重なって、どれも絶対やりたかったんでやることにして、体調が心配だったからどうなるんだろう って心配しかなかったけど、ほんとにすごく貴重な体験ができたと思います。いろんな自分に会えた、そんな感じ。
来てくださったかた、お話聞かせてくださったかた、いろいろみなさんありがとうございました

明日は、清田さんとのイベントだよ! 「キレる私をやめたい」をテーマにしたイベントとは、またちょっと違う感じで喋る予定です
イベントはこれでいったん終了。

===========
2016年下半期「ジェンダー事件簿」総まとめ!
〜男に優しく、女に厳しいニッポンのニュース報道〜
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/naked/53176
===========
あと数席残ってるようなので、来られる方はぜひ〜!

***

昨日、ゲシュタルトセラピーのワークをじっくり見て、感じて味わう、っていうのを久しぶりにやりました。
やっぱり面白いなって思う。またこういうワークショップやりたいです。


posted by tabusa at 14:25| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

五年目のひとり

っていう山田太一のドラマのとあるシーンを見てて、なんか思い出したことがあった。
こういうシーン ↓
=====
14歳の娘が中年男に声をかけられた(「文化祭のダンス、君が一番上手かったよ。一番キレイだったし」)ことで、警察に通報したお母さん。
警察の前で「いくら親でも、うちの子が20何人の中で一番キレイだとは思ってません」と言って、娘が「うちはいつもそう。うちの子はダメダメってばかり言う」
=====

小3の時の、学芸会を思い出した。
桃太郎の劇で、私はおばあさんの役を勝ち取り、がんばった。練習も毎日がんばったし、本番もうまくできた。おじいさん役の子と「結婚したのか〜!」って冷やかされたりしても、気にせずがんばった。
劇が終わって最後の最後、全員で舞台に立って挨拶する時、隣にいたおじいさん役の男の子がちゃんと決まった場所に立たないから、他の子たちが舞台の端でぎゅうぎゅう詰めになってた。
だから、「もうちょっと、あっちに立って!」っておじいさん役の子をひじでグイグイ押した。おじいさん役の子は客席に夢中で、ぜんぜん気づいてなくて、「もっとあっちだよ!」って何度も言った。

終わったあと、褒められるもんだとばかり思ってたら、お母さんが「最後のなにあれ?!みっともなかった!なんであんなに隣の子に話しかけてたの?!ちゃんと立ってればいいのに!みっともない!」って怒ってて、ビックリした。
おばあさん役の本番中のこととかは全く何も言わなくて、ずーっっとその、最後の「みっともなかったところ」のことばっかりずっとずっと、本当にずっと言ってた。次の日も言ってたし、おばあちゃんやおじいちゃんにも報告してた。そのあとも、事あるごとに言ってきた。辱めを与える感じで。

今の37歳の私が、そういう目に遭ったら、「コイツってほんとにいつもマイナス面ばかりしか見えない特殊な目を持ってる可哀相な妖怪な上に、そのまま口に出しちゃう手に負えないクソバカ野郎だな」と思うけど、子どもの時は、それが一体どういうことなのか分からない。
お母さんがそう言うんだから、そうだったんだ、私は自分のがんばりを全部、自分の最後の行いで台無しにしちゃったんだ・・・としか思えない。他の大人達のフォローもないから、お母さんの独壇場。

今、子どもを持ってみて、親の目線でああいうことを想像してみる。
大したことない。そんなことで台無しになんかならない。
むしろ、周りのことを気にして、みんながちゃんと舞台に立って挨拶できるように気を配れる子だなと思う。隣の子をグイグイ押してるのが、見栄えがよくないとしても、そこだけチョイスしてずっと「みっともない」と言う必要なんて全くない。

お母さんは、そうやって適当に褒めておけばいいポイントでダメ出しばかりし続けていた。
そして、自分の期待する「成果」が出ない私にいつもイライラしていた。
もし、成功して欲しいなら、「成功した」という風に物事を見ればいいのに。私が成功してないんじゃなくて、お母さんが「成功した」と認めてないだけなのに。

ドラマの中の母親も、自分の子はそんなに可愛くない、出来ない子、としながらも、その子が他人から危害を加えられることには敏感で、恐れている。
とてもちぐはぐ。

===イベント来てね===

11/30 東京 渋谷「キ歴史」ナイト
作家の岡映里さんと、お互いのキレていた頃のエピソード、どうやって「キレなくなった」か具体例、など話します! 
<予約はこちらから>http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/51771

12/3  大阪 天満橋
「キレる私」と「母娘関係」
田房さんと講演+加藤伊都子とのトーク
詳細出ました
<予約はこちらから>http://n.nfc505.com/?eid=78

*** ↓ これは、上半期に行って大好評だった清田さんとのジェンダー系時事ネタイベントです! ↓ ***

12/9  東京 新宿
19:00〜OPEN【桃山商事×田房永子presents2016年下半期「ジェンダー事件簿」総まとめ!〜男に優しく、女に厳しいニッポンのニュース報道〜】@ネイキッドロフト!出演/清田隆之、田房永子
<予約はこちらから>http://www.loft-prj.co.jp/schedule/naked/53176
posted by tabusa at 15:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

屁理屈が必要。「自分の思い通りにならないと怒る(幼稚な)人」「わがままな性格」って一体、どんな人のことなのか

<下にお知らせあるので是非見て下さい>

「自分はキレやすい」と自覚がある人は、自分のことを「自分の思い通りにならないことがあると怒る(幼稚な)人」とか思っていたり、周りからそう言われることが多い。私もそうでした。
だけどよく考えると、人間ってそれ以外の理由で怒ることってあるのか? って思う。

問題なのは、現実の出来事とその人の怒り方がはまってない、周りから見るとちょっと尋常じゃなく見える、っていうことのほうだと思う。つまり「怒りそのもの」とか「怒るポイント」じゃなくて「怒り方」が“幼稚”に見える、っていうだけなのではないか、と思う。

あと、キレやすい人は自分の事を「わがままな性格」って捉えてることが多いけど、私もそうだったんだけど、「わがままじゃない性格」ってよく考えると、どんな人なのか分からない。
自分よりも他人や状況を優先する人、みたいな? それもそれでヤバくないか?
 
「わがままな性格」の人というのは、ただ単に、「『私はこうしたい』ということを強引な方法で伝えるところがある人」と言い換えられるんじゃないだろうか。問題なのはその「強引な方法」(周りを無視してやっちゃうとか、泣きわめいて困らせて周りを黙らせるとか、相手を脅して強行するとか、用いる手段)のところである。
だけど、それをザックリと「わがままな性格」と言うと、「私はこうしたい」と思うこと自体を我慢できることがいいこと、みたいな感じがする。「わがままな性格」と言われない人は、それ自体を我慢できる人、みたいな。だけど別に我慢してるわけじゃないと思うし、スマートに円滑に伝えて実行することができるだけだと思う。

さらに「わがままな性格」と自覚がある人は、ただ単に「『わがままな性格』って言われることが多い環境にいただけの人」とも言えると思う。
子どもの頃からだとしたら、表現力が乏しい親や大人たちによって、ただ自己主張してるだけでも「わがまま」とか言われてきた人。
そういう、表現力の乏しい大人というのは昔に限らず未だにたくさんいる。というかそれが普通になっている。
<例えば、「食べ物の好き嫌いがある」というだけで「わがままな性格」とか言われちゃってる子どもとかたくさんいる。嫌い、食べられないものがあるって仕方ないことだと思う。だけど、「好き嫌いがある人は周りを不快にさせるから」とかいう理由で、嫌いなものでも口に入れて飲み込めるようにすることが大事、みたいなことを言う人のほうが多い場面もある。子どもが、「好き嫌いがある人のことを不快に思う大人」になることはいいことなのだろうか。ちょっと私には、わけがわからない。ただ、社会を形成する上でそういう「常識」みたいなものを人間同士が無意識に共有することっていうのは、たぶん必要なことだから、逃れられないことでもあると思う。逃れられないからこそ、屁理屈で逃れる必要がある>

そうやって、自己主張することや、イヤなことはイヤだと言うシンプルなことすらも否定されてきた人が、そのストレスで「ムキになる」のがくせになり、「言ってもどうせ否定される」という他人不信が溜まって、「強引な方法」を用いるようになってしまった、とかそういうこともあると思う。

言葉って、そういうトリックがある。漠然と使われている言葉のほうが心への浸透性が高くて、信じ込んでそのままずーっと過ごしてしまいがち。しかも「(幼稚な)人」とか「〜な性格」って言い方だと、「人格」や「性格」って感じで、「なおせないもの」感がすごい。
だけど実際、自分や周りが困っているのは「怒り方」や「強引な方法」の部分だけなのであります。だからそこを“矯正”すればいいだけなのです。自分を丸ごと変えるなんて無理だし、必要は無いのです。

「キレる私をやめたい」と思ったら、そうやって、まずは“屁理屈”みたいなもので、言葉のトリックを解いていく、つまり「自分はそんなに全否定される人間ではない」と思うことがとても重要だと思います。
キレることだけではなく、自分が自分で困っている癖や性質にも有用だと思う。

以下のイベントでは、そういった話なんかも交えて、トークしますんで、是非来てくださいね!!

**

金沢のイベント無事終了しました。楽しかったです。来てくださった方本当にありがとうございました。
12/7の岡田さんとのゲシュタルトワークのイベントも、すぐに定員に達し受け付け終了しました。ありがとうございました。
イベントは、他にもあります! ご予約お待ちしております!

11/30 東京 渋谷「キ歴史」ナイト
作家の岡映里さんと、お互いのキレていた頃のエピソード、どうやって「キレなくなった」か具体例、など話します! 
<予約はこちらから>http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/51771

12/3  大阪 天満橋
「キレる私」と「母娘関係」
田房さんと講演+加藤伊都子とのトーク
詳細出ました
<予約はこちらから>http://n.nfc505.com/?eid=78

*** ↓ これは、上半期に行って大好評だった清田さんとのジェンダー系時事ネタイベントです! ↓ ***

12/9  東京 新宿
19:00〜OPEN【桃山商事×田房永子presents2016年下半期「ジェンダー事件簿」総まとめ!〜男に優しく、女に厳しいニッポンのニュース報道〜】@ネイキッドロフト!出演/清田隆之、田房永子
<予約はこちらから>http://www.loft-prj.co.jp/schedule/naked/53176
posted by tabusa at 08:11| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

イベント詳細

イベントの詳細です〜
私は来年からしばらくこういうイベントができなくなるので、この機会にぜひ会いに来てくださいね!
======
11/19 金沢 14時から 終了しました
田房永子さんトークショー『キレる私ってやめられる?』
<予約はこちらから>http://kokucheese.com/s/event/index/436406/

11/30 東京 渋谷「キ歴史」ナイト
<予約はこちらから>http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/51771

12/3  大阪 詳細出ました → http://n.nfc505.com/?eid=78
ドーンセンターにて 13時半より。
申込・問合は、日本フェミニストカウンセリング学会まで
(もうちょっと詳しいこと出ましたらまたお知らせします)

12/7  東京 飯田橋 Sold out申し込みは締め切りました
「キレる私をやめたい!」ゲシュタルト療法ワークショップby田房永子&岡田法悦
<予約はこちらから>http://store.kadokawa.co.jp/shop/k/k301610000805/
<このイベントについての私の思い>http://mudani.seesaa.net/article/444056365.html

12/9  東京 新宿
19:00〜OPEN【桃山商事×田房永子presents2016年下半期「ジェンダー事件簿」総まとめ!〜男に優しく、女に厳しいニッポンのニュース報道〜】@ネイキッドロフト!出演/清田隆之、田房永子
<予約はこちらから>http://www.loft-prj.co.jp/schedule/naked/53176
posted by tabusa at 12:40| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする