2016年11月18日

12/7 岡田法悦さんとのイベント

Sold out12/7のイベントの申し込みは締め切りました

今日(11/18)ただいまより参加受付開始します。
こちらより、参加申し込みできます
===========

ケツジツ 
http://store.kadokawa.co.jp/shop/k/k/
「キレる私をやめたい!」ゲシュタルト療法ワークショップby田房永子&岡田法悦
http://store.kadokawa.co.jp/shop/k/k301610000805/

===========
岡田さんと私でゲシュタルトセラピーについて話したり、みんなで「今ここ」のエクササイズをしたり、希望者(数名のみ)は岡田さんがファシリテーターのゲシュタルトセラピーができます。それをみんなで見ます。全部で7時間(休憩有り)盛りだくさんな内容です。

私が初めてゲシュタルトセラピーに行ったのは岡田さんのワークでした。他の人がワークしているのを見て、もう夢中になりました。あとで、他の人と話していたらその人は「初めてゲシュタルトセラピーをしている人を見た時、劇団四季より面白いとおもった」って言ってて、ああ〜そんな感じだなーって思いました。
ワークでは、自由です。勝手にトイレに行ったりしていいし、眠くなったら寝てもいい。ワークをしようと思って行っても、人数の都合で出来ない日もある。絶対絶対やりたい日は、一番乗りで行くし、来たい時間、来れる時間に来て、早く帰らなきゃ行けない日は帰る。ゆったりと最後まで、他の人のワークを見たりうとうとしたり、ガッツリ寝ちゃう時もある。
そういう空間に、複数の人たちと一緒にいる、というのもゲシュタルトセラピーの醍醐味だと思ってます。

来年からしばらく私はこういったイベントができなくなるので、この機会をぜひお見逃しなく!



いまの私、正直、育児に関してつらいこと、苦しいことはほとんどない。

世間では、そういうこと言う母親に対して「あなたの子は育てやすい子なのね」「ラッキーだね」って返す感じがある。そもそも、「子育てめっちゃ楽しいです」っていうこと自体、ものすごく言いづらい空気。リアルの現場では言ったことないし、ブログに書くことも躊躇われる。

「育てやすい子」なんて、誰がどうやって判定できるっていうんだ? 子どもなんていうものは、こっちの心持ちや状況で「良い子」にも見えるし「悪い子」にも思えるものじゃないだろうか。それは私の単なる理想かもしれない。
けれど、まったくもって「良い子」なのに、「うちのは悪い、悪い」と親から言われてる子どもは今の時代もたくさんいる。

私が、子育てすることにつらさをあまり感じないのは、たぶん、つらくなったらすぐセラピーとかカウンセリングに行ってるからだと思います。行けない時は、自分で自己セラピー(ゲシュタルトセラピー)するし、カードを使って自分の心と向き合うと、モヤモヤや漠然とした不安がシャッキリします。

私はだいたい、人の言動にイライラする時は「自分はこうでなければいけないのに」って思ってる時。
人の言動にビクビク怯える時は、「この人はこう思ってるのでは」と、自分に置き換えすぎてる時。
どっちも、自他の境界が曖昧になってる時で、毎日生活してると、どうしてもそういう思考が続いて知らないうちにモヤモヤや不安が溜まっていることがある。それは仕方ないことだと思う。海に波や満ち潮があるのと同じ感じ。自然現象。
昔は、私はその自分の中の自然現象を知らなかった。把握してない上に、「自分は基本的にダメだ」っていう思い込みがべったりと骨身に染み込んでいて、「自分以外の人はみんなマトモ」っていう妄想が頭の中で固定されてた。
そういう、固定された土台の上に、「自分はこうでなければいけないのに」「この人はこう思ってるのでは」が日々乗っかってくる。
自分の土台がそういう、誰かから染み込まされたメッセージでできているということも知らないし、その上に乗っているものについても「自分はこうでなければいけない」「この人はこう思っているにちがいない」とちゃんと真面目に思い込んでいる。
それでずーっと過ごしてる。だから毎日毎日それが積み重なってる。だけど周りからアドバイスされるのは「もうちょっと要領よくやればいいのに」とか「人はそんなにあなたのこと考えてないから大丈夫だよ」とかそういうの。
なんつうか、体にウイルスが入っていて発熱し、弱っていて足下がおぼつかない状態で、頭も朦朧として正常な判断ができない、それによって毎日どこかしらを打撲したりしてるという緊急状態なのに、「発熱」とか「打撲」というものを知らないので、「自分は正常に生きているはずなのに、なんかすごくいつも気分が悪いな・・・」と思っていて、周りの人も「発熱」とか「打撲」というものを知らない人ばかりなので、体についた埃を手で払ってくれるくらいしかされない。
「発熱」とか「打撲」というものを知ってる人から、あなたはもしかしてそういうのかも、って言われても、「そんなわけないだろう」で済ませていた。

そういう感じ。だった。私は。

そりゃあ疲れると思う。そりゃ、電話に出られないとか、役所の手続きとか怖くて震えちゃって必要なことが全く聞けないとか、夫にちょっとなんか言われたら大爆発しちゃうとか、そういう生活になると思う。仕方ないと思う。
だけど私はそんな、「自分について」を全く知らなかったから、ただ自分から出てくる衝動に困らされて、イヤになって、好きになれなくて、褒めるところなんてなくて、いつもいつも、他人と自分に振り回されてた。

強迫的に家に帰って火の元確認しまくったり、夫にキレまくったり、ヤバいところがある人、でも、逆から見たら、そうなるのは当たり前な仕組みがあって、その「異常行為」は、とても正当に正常に心と体が動いてる証拠だったりする。
だから実は、なんにもおかしくない。

私は、とにかく自分のいろいろな「異常行為」に自分で悩みまくっていて、なんとかしたかった。
いろいろやって、一番しっくり来たのがゲシュタルトセラピーでした。
自分に合ってた。
合う、合わない、は人によると思う。だから、こういうセラピーとかって、オススメしたりするのがとても難しい。

でも私にとっては、ゲシュタルトセラピーは「自分の心の声を聞く」「自分に寄り添う」ことが一番顕著にできる分かりやすい方法です。
それをやっているうちに、土台に固定されていたものが自分の心地よいものに変わってきた。そこがすごく大きかったと思う。
毎日の波はもちろんある。だけど、土台が心地よいものだと、波を受け入れられるし、どんな波なのかちゃんと観察できる。前は目を背けることしかできなかったから、すぐにパニックになってた。
今もパニックが起こらないわけじゃない。だけど、昔みたいに、波が来てない時もずーっっとパニックが続いているということはない。

起きて「やべ・・・のどが痛い・・・放置したら風邪ひくなこれ・・・」って思った時に葛根湯を飲む、
そういう感覚でセラピーが私の生活に入ってます。
時と場合によって、カウンセリングにも行くし、ピアサポートにも行く。セラピーはその中の一つ。

自分の子どものことが大好き。
子どものことが大好きすぎて苦しい時も、セラピーしてます。
大好きすぎて苦しい時も、それも風邪の引きはじめだと思うから。

そういう、自分の風邪の感覚、が分かるようになった。

私にとって、心の葛根湯は、セラピーとかだけど、片づけとか断捨離とかネイルアートとかカラオケとかって人もいると思います。

もし興味があったら、12/7、是非来てください。みんなで自由な空間を体感しましょう。
posted by tabusa at 12:21| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする