2015年11月19日

ふたたび、お知らせ

昨日、告知したけど、もう一回書きます。痴漢についてのイベントを今週土曜、やります
http://bookandbeer.com/event/2015112101_bt/
集客のためとかそういう、せこい話ではなくて、やっぱりこの際にもっとちゃんと書いとこうと思った。

痴漢、性犯罪、性暴力、について私には思うことがあって、私にはこのジャンルのことを発表する場はネットしかないので、よく書いてる。
とんでもなく、批判や反発がきます。前はそれがなんでなのかよく分かってなかったけど、普通に考えたらまあ、当たり前だと思う。
私は自分が10代の頃、たくさん痴漢にあってきて、それが理不尽でしかない、ということが言いたいだけなんだけど、その痴漢たちは一人残らず「男性」だった。姿、形、風貌、ジェンダーが「男性」でした。
だから加害者が「男性」である場合の話になる。

私の書いたものを読んだ男の人たち(ごく一部だけど)はびっくりして、怒ってくる。まあ、そういう人がいても仕方ないのかなと思う。

もし、例えばだけど、道ばたのそのへんでうんこしまくる人が大量発生したとする。それを調べていったら、犯人は「子どものいる30代の女」たちばかりでした、ってことになるとします。
自分の家の前にうんこされまくる被害を受けた人は、もう「子どものいる30代の女」ってだけで警戒してしまうと思う。
で、私自身は、世の中でそんな事件が起こってるなんて全く知らないとします。
だけど私は「子どものいる30代の女」なわけだから、それだけで警戒されたり、疑われたりする。
突然、そういう世の中になっている。
しかも、自分のようにまったくの無罪、道ばたでお尻すら出したことのないママ友が、濡れ衣をきせられ不当に逮捕されたりする。
それは理不尽です。
自分も怯えながら、だけど世の中は無情で、公道なのに時間ごとに区切って「子どものいる30代の女は通行禁止」な道ができたりする。不便。「子どものいる30代の女」差別だ! ってなる。

女性専用車両に怒ってる人は、「男性差別」っていう。

だから、分かるんだよね、
だけど、それは被害を受けている人、受けていた人に対して主張することではない。

なにがいいたいかというと、ものすごく反発が強いし、なんかやっぱり、こんなこと言う必要ないんじゃないか、ってしょっちゅう思うわけです。
ほっこり猫ちゃん みたいなものを書いてみんなでほっこりしてたほうがいいし、なんで私はわざわざ神経すり減らして、少なからず、一部の男性を不快にさせてまで、しかもまあ、関係ない人もいやな気持ちになってるかもしれないし、そんなことわざわざする必要なくね? って月に最低6回は思いますね。

それでもやっぱり、「言わないでいる」という選択はできない。
だって、本当におかしいもん。めっちゃくちゃだもん、マジで。(いまここに書くと8万文字くらいになっちゃうので、そういうのをイベントで話す、ってことなんですけど、ああ宣伝なんだけど宣伝になってしまうことがもどかしい)

私には娘がいるから、子どものため、っていう名目もないわけじゃない。
でも私は、私のために、やっぱり、言わなきゃいけない、って思う。

性被害についてをまったく知らない人は、性被害を受けた人のことを「恥ずかしい思いをしている」と思いがちだ。「はずかしめられた」とか「傷をつけられた」みたいな感じ。完璧なものに傷がついた、というイメージ。その傷が性被害。だと思ってる。
だから、「痴漢も人を選ぶ」とか「ババアなんて誰が触るかよ」というフレーズが出てくる。イメージの中で、被害者の処女性が強い。処女が完璧であって、それに傷がつく、というのが性被害、と思ってる。
だからババアはもともと傷だらけだから、傷のつきようがない(それは性被害ではない)ということになる。

この、大層古い男向けアダルトビデオのような概念が未だにまかり通っている。だけどこれは、世の中の揺れも情も機微も波も、何も分かってないガキの持つ価値観なんですね。
「恥ずかしい思いをしている」というのは、完璧だったのに恥ずかしくない私だったのに誰かに傷つけられたことによって傷ついてしまった、そのことを恥じているっていうイメージですよ。「傷がついたら恥ずかしい」という誰が決めたかよくわからない法則に基づいた思考回路であって、その法則はまさに男社会が勝手に作り上げた、性被害について何も知らないガキの幻想、願望、ファンタジーなんです。

そんなことじゃない。アホか。
性被害というのは、相手の「人間としてのお前自体はどうでもいいけど、俺の欲しいお前の部分だけよこせ」という一方的で勝手な欲求、に無理矢理応じさせられるということ。泥棒、搾取、窃盗と同じ。
単純に、えぐられるんです。単純に、なくなるんです。
なくなった部分を、補修するのが、重労働なんです。

恥ずかしい思いをさせられる とか、そんなイメージだけで、性被害を語る時代を終わらせたい。
理屈はない。とにかく終わらせたい。
それには、やっぱり、「知らない人」に知ってもらわなきゃいけない。
まだまだ、そういう段階だと思ってます。

イベント、よかったら来てください。



posted by tabusa at 11:46| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする