2015年09月08日

ワイドショーの毒親特集

朝のワイドショー「ビビット」で、「毒親」特集をやってました。
川口の祖父母殺し事件(母親に支配された17歳の少年が、母親から「殺してでも金を借りてこい」と言われ、祖父母を殺害した)をうけての、最近こういった親を「毒親」と呼びます、みたいな感じで始まってました。

なんか、別に私が「毒親」って言葉の定義の権利を持ってるわけでもないから、どう使われようと私がとやかく言うことではないんだけど、でも私の中の「毒親」って言葉の使い方は、絶対に一つしかない、と思っているんですね。
「(私の親は、私にとって)毒(になる)親(だ。)」という前後が省略されている言葉だと思う。
だから、川口の例の少年が「私にとって母は毒親です」とか「でした」って言うなら違和感ないんだけど、ぜんぜん関係ない人が「こういう親は毒親と呼ばれています」というのは、文法がおかしい。と、思ってしまう。

だけどまあ、テレビではそういう感じで進んでいって、当然のように「じゃあ、どうしたら毒親にならずに済むのか?」という展開になる。そしてなんと、最終的に「私は毒親でした」と言う「元毒親」という人が出てきてました。「元毒親」って自分で言うのってすごいなーと思って吹き出してしまった。(でも別にその人を批判したいわけではないです。その人は3年くらいカウンセリングを受けて改善をがんばった、と語っていました)

私の中の「毒親」はさっきも書いた通りで、別の言葉で例えると
「私の娘は私にとって宝物です」
とかって感じです。

だから、「私は宝物でした」「元宝物です」って言ってるみたいな、すっごいヘンな感じがします。
毒親か、宝物かは、自分が決めたり肩書きにすることじゃないわけです。

「虐待親」なら、まだしっくりくる。「こういう親は虐待親と呼ばれています」「虐待親でした」「元虐待親です」とか。

虐待も、いろいろあるから、「殴る親」だったら、今はもう殴ることはしてません、ってなれば「元殴る親」と自称できるかもなと思う。だけど「元虐待親」も、精神的なものだったら分からないから、自称するなんてちょっと自分だったらはばかられるなと思った。

毒になる親も、虐待も、「元」とハッキリ言える分野のことではないと思う。
自分がその行為をやめたから、それで終わり、と考えたくなる気持ちは分かるが、そういう話じゃないのである。

それで、この番組内では「親の価値観を押し付けるのが毒親です」みたいなことになってて、つまり習い事とかを本人の意思を無視してやらせるのが毒親、とかそういう感じになっちゃっていた。「毒親にならないために何を気をつければいいか」っていう親側の話として考えると、どうしてもそういう表面的な言動を変えるとか「対策」になってしまう。
本当は、もし対策があるとすれば、その親自身が自分の生い立ちや夫婦関係、自分の親との関係に向き合う、ことしかないと思う。対子ども、の問題ではないということ。

習い事とかは子どもが10代以下の頃の話であって、そんなもんはどうだっていいと私は思ってる。価値観を押し付けずに育児なんてできねえわ。
子どもが成人してから、いかに依存しないか、つぶさないかっていう話も重要なんだよ。

そういうことを考えていくと、結局は、「子どもに毒になることをしない」とか、「子どもがこうならないために」とか、そういう考え方自体がズレてるってことに気付いてくる。
結局、自分の人生を自分の思うように生きなきゃいけないし、生きてればいいってことになる。
子どもにどう思われようが、っていうことになる。
だけどそれが難しいから、悩むわけで、なんなんだ、このグルグルした答えの出ない感じは? と思ったら、つまりやっぱり、「毒親」っていう子どもにとって大切な言葉を、親側が横取りしてしまっている、っていう、最初の段階がおかしいのである。

「(私の親は、私にとって)毒(になる)親(だ。)」は、傷ついてきた子どもにとっての重要なアファメーションである。
アファメーションとは、「自分への宣言」。自分を取り戻す呪文みたいなもの。

だから私は、「(私の親は、私にとって)毒(になる)親(だ。)」っていう使い方しか正しくないと思ってる。
つまり「お前は私にとって毒親だ!」も、正しくないんです。こういう風に使っていると、呪文の効果がなくなってしまう。切り離したい親、自分を支配する親から離れたい時に有効な言葉なのに、本人(親)に言ってしまうと、「毒親」という言葉が共有語になってしまう。途端に「じゃあ、毒親じゃなくなるにはどうしたらいいか?」という、親のための言葉になってしまうのです。

だから親は、「子どもが私を毒親だと思ってる(これから思う)んじゃないか」と心配なんかする必要ないと思います。考えたって仕方ないし、その時点で「毒親」って言葉を横取りするひどい行為をしちゃってるから。成人した我が子から「こういうことはいやだ」「しないでくれ」「やめてくれ」と言われたら、そこで反省すればいいし、誠意を持って改善していけばいい。改善が出来なくて子どもの要望に応えられなくても、全く問題はない。だって出来ないんだから。それがあなたなんだから。毒親って呼ばれたらどうしよう、って思うなら本格的にカウンセリングなど通うべきだし、そうしたくないなら、旅行でもテニスでも映画でもなんでも好きなことして過ごして、子どもが自分を思いっきり恨みやすいように楽しく過ごす(相手が不幸だと恨みにくいので)のがいいと思います。

と、私は思いながらなんとか生きてます

時間がないのでバーーーっと乱雑に書いてしまいましたが、ずっと考えていきたい問題です。

ちなみに「ビビット」は夜回り先生がたまにワケ分かんないこと(私の妻がもしAVを見ていたら離婚します)言ったりするので、面白くて好きです。
posted by tabusa at 18:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする