2016年08月27日

高畑淳子の会見

 喫茶店(ルノアール)に一人でいた時のこと。隣の席で60代前半くらいの弁護士の男性と、20歳くらいの女性が、痴漢の裁判について話していた。

 痴漢被害者の女性が具体的にされたことをしっかり説明した。強制わいせつだけではなく女性が駅員のところに連れて行くと目を離した隙に洗面台で手を洗って証拠を消し、バカにしたような態度を取ってきたということを詳細に話していて、それが余りにも酷いので、聞こえてしまった私も怒りで震え出すほどだった。「訴えたい」と言っているのに弁護士は「10万での示談」を薦めまくっていた。そしてこう続ける。
「向こうの男性は、その時はお酒が入ってただけで、普段は真面目ないい人だよ」
「例え慰謝料が50万とれても30万は裁判費用で消えるから裁判なんてあなたにとってなんの価値もないよ」
「(それでも訴えてこらしめたいという被害者に対し)ちゃんとした会社に勤めている人だから、留置場に1日入っただけでも相当反省してるよ」
「殺人とか覚醒剤みたいに証拠がわかりにくいから慰謝料はとりづらい(だから10万円で我慢したほうが賢明)」
「有名な企業の人だから、あなたが訴えるとニュースになって新聞に顔写真とか名前が載っちゃうんだよ」
「訴えられたら向こうの人生狂っちゃう」

 もっといろいろ「ええ?!」ってことを、ずっと女性は弁護士から言い続けられていた。
 弁護士的には、そう言うのが仕事なのかもしれないけど、つまり法律自体にその根底に「触られたぐらいなんだよ」と思ってる男たちの心理がベターーーーーと張り付いている。口では言わないけど、全身から出てる。
 一番腹が立ったのは「裁判でまた2度も3度もつらい体験を話さなきゃいけないんだよ? いやでしょ?」というもの。「たいしたことねえだろ」って思ってるのを全身から出しておいて、都合が悪いところだけ「つらいでしょ?」と脅す。
 なんとなくは聞いてた。痴漢被害を訴えるのがとても大変だっていう話は。だけど本当にこんなことを面と向かって言われて“説得”されるんだ、と知って驚きすぎて息が苦しくなった。
 
高畑裕太容疑者が事件を起こした翌日、フジテレビのバイキングを見ていたら、コメンテーター(弁護士)が離していた。
「裕太側の弁護士は、これから被害者の方に接触して『なんとか示談にしてくれないか』つまり『裕太容疑者を許してくれないか』ということを説得する」
という説明をしていた。

そしてその翌々日、高畑淳子が謝罪会見をした。
ずっとずっと、高畑淳子の悲壮な様子がテレビで流れ続ける。
加害者家族の苦しみ という、今まで日本が生で見たことのない、強烈にセンセーショナルな映像が、ずっと流れる。しかもそれが、今まで親しみを持っていた親子だから、国民の高畑淳子への同情は今、大きく膨れあがって炸裂状態になっている。
この映像が、この現象が、「あなたの訴えが、加害者の人生をどれだけ狂わせているか」という説得を弁護士がする際にとても有利な材料になってしまっていると思う。

**<一番言いたいことは以上。以下、書き足りないこと>

 ドラマに出てる高畑淳子大大大大大好きで、高畑裕太も、出るドラマごとに別の人みたいになるタイプの俳優だなーすごい才能だなーって思ってたから好きだった。
 バラエティの高畑淳子は、過剰に息子の話ばかりするところ、同業の娘もいるのになぜか娘の話はほとんどしないところ、が自分が漫画で描いている“母親たちの特徴”と被って「ウッ」と思う時期があったけど、高畑裕太の演技の才能がすごくいいなって思ってから、高畑親子の密接感は気にならなくなった。
 一番好きなのは、裕太が淳子から「バラエティに出なさい。自分が素で喋っているのを見ると、自分がどういう顔をしているかが分かるから、演技の勉強になる」と教えてくれたからバラエティに積極的に出ている、という話。プロってそんな風に腕を磨いてるんだなあ、ってすごいなあ、って思った。とにかくこの親子が好きだった。だから事件のことを知って、もう高畑裕太の演技が見られないっていうのは単純にショックだった。

 昨日の高畑淳子の会見は、世間に向けてのものとしては、完璧な会見だったと思う。凄かった。凄まじい女性だと思った。高畑淳子の中の「息子への愛」がガッツリ揺るがないものとしてあるってことがただただ伝わってきて、それに記者も世間も裕太も家族もみんなが吸い込まれるみたいな感じだった。
 子どもが犯罪を犯した時、母親はどうあるべきかという姿として、本当に参考になるものを見られたと思う。高畑淳子から私が受け取ったのは「変わらず子どもを愛していてもいい」っていうこと。その姿は、私の一つの面をとても勇気づけた。

 だけど、そんなことばかりが伝わってくる会見だった。
 記者たちの無粋で無意味で不気味な質問の数々によって、高畑淳子の「被害性」が強調されまくる。まるでマスコミが高畑淳子への同情を作り出して守っているかのように見えるほどだった。

 性犯罪という、個人間の問題、殺人という非日常的な事件よりももっと分かりにくい、日常にまぎれ混んでいる問題で、こういう会見がテレビで仰々しく流れてしまうこと自体が、被害者側への大きな攻撃だと思う。
 被害者は弁護士から「相手はちゃんと働いてる人なんだ」「酔っていただけなんだ」「このことが公になったら、加害者の人生は終わってしまう」とか言われる。
 まるで自分が被害を訴えることで今度は自分が加害者かのようなことにすり替えられてしまう。
 それで訴えを取り消したりすることが、世の中にはたくさんある。

 芸能人だから仕方ないっていうのはある。高畑淳子が昨日、会見を開かないという選択をするのは、彼女の立場を考えれば、無理だったと思う。息子が有名人というだけではなくて、高畑親子ほど、母と息子で一つのユニットみたいに認知されている芸能人は他にいないから、高畑淳子が出てこないのは逆に不自然に映る。
 だけど、本当に、性犯罪の卑劣さを理解していて、被害者もこれから同じ世界で生きていくっていうことがどういうことか分かっていたら、本来、会見はしなくていい、するべきじゃなかったと思う。

 結局この会見は、24時間テレビとか裕太が「仕事で」迷惑をかけた人たちへの謝罪会見でしかなかった。
 加害者の家族がどんな風に苦しむのかを映像でハッキリと見せつけられてしまって、これから先、性犯罪・性暴力の被害に遭った時に、遭った人が、この会見の映像や高畑淳子の様子を思い出して通報を躊躇ってしまうことになるのではないかとも思う。

 *

 そして、母親に容疑者のもともとの特徴や、性犯罪の兆候などを聞きたがったり、容疑者の性格の“異常性”をことさらに語ろうとする記事がバンバン出てくるのは、「私は加害者になったり加害者の親になったりすることはない」と思いたい、安心したいという心の現れだと思う。
 地震が起きて家が壊れてしまった人に「ここは地盤がゆるいからですよね?」「地震が来たら壊れるって思ったことはなかったんですか?」とか聞いてるのと同じで、聞いてる側の「うちは大丈夫だよね、地震来ないよね、きてもうちは壊れないよね」っていう不安を解消しているだけの無礼な質問だ。
 被害者の特徴を知りたがったりするのも、同じ心理だと思う。だからこの件は仕方なかったんだ、と溜飲を下げたい、納得したい、という心理。
 
 しかしそんなことで不安が解消されるわけがない。
 テレビでは子持ちのタレントたちが「自分の子どもが加害者になるなんて怖い」「防ぎようが無い」とただ“男の性欲”に怯えてる。
 男性タレントが「顔もいいし有名人なんだから、ちゃんと口説けば結構な確率でそういう関係になれたはずなのにどうして」と言っていた。これは震災の話題で「もっと太平洋の真ん中の海のほうで地震が起こればよかったのに」とか言ってるようなものだ。
 他の件だと、そんなアホな発言は出てこないのが普通だけど、性犯罪のことになると、みんな知らなすぎて「なんで」とか「こうすればよかったのに」とか延々とただ感情を口から出す、みたいなテレビショーになってしまう。 
 地震とかは、地球がどういう構造になっててどうして起こるのかっていうのを専門家が分析してる。
 性犯罪・性暴力だって専門家達が研究してるのに、なかなかそういう話にならない。性犯罪・性暴力は、自然災害以上に、どうにもならないもの、みたいなことになってる。

 自然災害とか殺人事件とかだったら、「自分はそういう目に遭わない、という安心」や「事件は仕方なく起こったんだと思いたい」という心理(本音)はもっと隠され、ネットの隅でひそかに語られるけれど、性犯罪になると、そっちが表に丸出しになる。ニュースが出た当日から、そのとてつもなく下劣な話題が真っ先に一番表に出てくる。性犯罪が一体どういうことなのか、一般的に知られていないから、本音と建て前が真逆になっていることすら分からないという状態になっている。

 今こそ、普段、黙らされている性暴力被害者がどういう目に遭っているか、どんな風に裁判が行われるのか、どのように性犯罪はもみ消されているのか、被害の実態、その恐さ、そして性犯罪・性暴力を起こす人たちの実態、更正についてなどをテレビで流すべきなのに、ぜんぜんやらない。たぶんそこは、地震の恐さよりも見つめたくないものなんだと思う。 

posted by tabusa at 11:17| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日

昨日のイベント

昨日のイベント、来てくれた人、ほんとにありがとうございました
いきなりの告知だったし、あんまり人は来ないだろうと思ってたら満席になっててびっくり
ほんとにほんとに、うれしい

イベントは無事に終わったけど、楽しかったけど、ほんとにあと4時間くらい話したい感じでした
ぜんぜん足りないです
B&Bの人がもう一度やって、って言ってくれたし、小川さんと清田さんもやろうって言ってくれたから、ほんとまたやらせてもらいたい。
この問題は2時間だけじゃ話せない。ほんとは4回形式とかにしたいです。
ガチでこの悩みがある人と、「今ここ」の練習する会も本当はやりたい。
いつかやろう。あと、SNSも作りたいです。作り方が分からないから、誰かに頼もう。

自分で分かってたつもりだけど、この「キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜」に対して、並々ならぬ思いがある、ってことが、昨日自分で改めて感じた。
だからほんと、こんなに来てくれるんだ、っていうのがうれしかったし、感想とか聞けるのもほんとありがたかったです。
「私もキレるんです」とか「キレる人に困ってるんです」って言われると、なぜかすっごいうれしいし、ホッとする。なんでだろう、私も「私だけじゃ無いんだ」って思えるから救われる感じなのかな。

ネットは意地悪なことを思ったまんま書けちゃうツールだから、すごいのを見ちゃったりすることがある。
悲しくて悔しい気持ちになるけど、やっぱ自分の意見に自信を持ちたいなと、思った。

今回の本は、自分のずるいところを書いた。
私はもう、家族に暴力振るいたくないし、DVしたくないし、されるのもいやだ。それで、他人がその人の子どもにDVしてるのもいやだ。
「いやだ」は最初の第一歩だけど、「いやだ」だけでは、問題は解決しない。
私は、問題を解決したい。前に進みたい。という欲求が強いと思う。

人はどんどん変われると思う。っていうか、常に変わっていってるものだと思う。
「変われない」「私っていつもこう」って思ってしまう時って、実は変わっていってるのに乗ってない、自分で定位置に止まってる、って感じだと思う。
そういう時はそれが必要だからそうしてるだけだから、それは仕方ないしそれでいいと思う。
だけど、世の中というのはたいがい「そんなもんよ」「人なんて簡単に変わんないわよ」とか言ってくるものなわけです。
そういうのに騙されず、まあ時には騙されちゃうこともあるけど、負けないでゆっくり、すすんでこう。
posted by tabusa at 14:25| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

今日!

今日でーす
あと4時間後くらいでーす


田房永子×清田隆之×小川たまか
「キレる自分に気付いたときにどうする?」
『キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜』(竹書房)刊行記念
http://bookandbeer.com/event/20160802_bt/



関係ないけど、今の宝くじのCMの所さん、めっちゃしっくりくる。冷たい役のほうが所さんにはピッタリ。

posted by tabusa at 16:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

明日!8月2日!

明日、下北沢のB&Bで、「キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜」刊行記念イベントします!
小川たまかさんと桃山商事の清田さんと!

http://bookandbeer.com/event/20160802_bt/

1週間前に決まったから、告知が急でした、、すみません
興味があるし、行けるって人はぜひ来てください!

posted by tabusa at 21:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月30日

「キレる私をやめたい 〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜」発売中

「キレる私をやめたい 〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜」
発売になりました。
(本当に、このブログ、毎日更新したいのに、なんで、なんで前の回から1ヶ月以上も過ぎてるんだろう??涙)

表紙はコレです

kirecover.jpg

この画像は第2話「炸裂する肩パンチ&『出てけ! 』と言ったくせに引き留める」より。
kire0630.jpg
巻末には、夫インタビューもあります。

ああ、もっと書きたいんです、ほんとは、また次回にします
ツイッターのほうで告知してるので、見てみてください! リツイートが多いんで、見にくいかもしれないけど、よろしくお願いします! 
posted by tabusa at 05:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

タイトルとアマゾン予約開始

6月末に発売される、私の渾身の、漫画のタイトルが決まりました

「キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~ 」

すごいタイトルですよね。私のすべてを賭けてる感が伝わるんじゃないかと思います。

アマゾンでは予約が始まってます。
でも、書店で手にとって買ってもらいたい気持ちもあり。アマゾンで予約してもらいたい気持ちもあり。
どちらにしても読んで欲しい、この一言に尽きますね。

続報、また書きますね。


キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~ -
posted by tabusa at 18:05| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

ひきこもりUXフェス 来てね

今年は花粉症がつらすぎました
もう最近はあまりひどくなかったんだけど今年は格別でした、ほんとにつらかった
復活しましたよ

=====

4/16に、大田区産業プラザPiO(最寄り駅は蒲田駅)で行われる「ひきこもりUXフェス」http://uxkaigi.wix.com/uxkaigi
のトークゲストで出ます。ひきこもり名人の勝山実さんと。楽しみです。

勝山さんと私のトークテーマは、「(とんでもない)家族からどう生存するか」。

トークのあとは、私と参加者の方(少人数)で座談会形式のお話会が30分ほど設けられるそうです。
聞きたいこと、吐き出したいことがある方はぜひ!

入場料は300円。
ひきこもりの当事者や支援団体のブースもたくさんあって、大変興味深い催し。
とっても楽しみです!

来てね!

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竹書房「本当にあった愉快な話」で連載してる「キレる私をやめたい」が
もうすぐ単行本になります。
タイトルはもしかしたらちょっと変わるかも。

書き始める前から、そして書いてる最中もずっと思ってましたが、ほんと、著者がキレて暴れてる様子を、本人が描いた漫画って、前代未聞ですよ。たぶん。

「キレない生活」があまりに快適すぎて、キレてることで悩んでる人に、どうしても、伝えたくて、これを読んだらすぐにキレるのが治る、ってなる本にしたくて、でも、そこまではできているかは分からなくて、でも、自分自身キレることでずっとつらかったから、どうしても描きたかった漫画です。

それで、「掃除・片づけが苦手な家族に困っているきれい好きの人」にもぜひ読んで欲しいです。
「掃除してよ」「片づけてよ」と言うと、逆ギレする家族をお持ちの方。
私はその逆ギレするほうです。タチ悪〜〜。
きれい好きの人からすると、「片づけなんて簡単なこと、なんでできないのかまず理解できない、そしてさらに逆ギレされるなんて理不尽すぎる」って感じだと思います。
本当にそうですよね・・・
「片づけができない逆ギレする人」が一体、どういう構造になっているのか、私なりに徹底的に分析した一冊になっています。
あなたの家族とはまたちょっと違うかもしれないけど、何かのヒントになってもらえたらいいな。

逆ギレを、包み隠さず描きました。ほんと、めっちゃ恥ずかしいことも、必要だったので描きました。
補足やおまけページもたくさんあります。

渾身の一冊になる、予定、っていうかなります。
乞うご期待。
posted by tabusa at 00:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

泣けるサイト

ネットのまとめサイトで「お母さんの子どもを思う気持ち」みたいなのよくありますよね。
「あなたの誕生日はあなたのお母さんががんばった日です」みたいな格言のまとめみたいなの。

ああいうの、前は目にする度に落胆っていうか、拒否反応すごかった。絶対に最後まで読めない。いちいちそうやって本気で心底イラつく、怒りが湧いてくる、っていう自分がすごいイヤだった。
そういうのでじーんとしない、ウルッと来ないどころか怒りが湧くって、人として欠陥なのかな、みたいな。
だからネット上にそういうページがあることすらも許せない、みたいな壮大な苦しさ感じてました。

最近はなんとも思わない。わざわざクリックして読まないし。
でもこないだ『お母さんがウザいと思ったことがある?これを読むとそれが止まる。(http://www.imishin.jp/9-mother-secrets/)涙を拭くものを用意して!』っていうのがタイムラインに流れてきて、なんとなくクリックしてみた。
冒頭から「は?笑」って思って、「は?」と思いながらも怒りも落胆もしないまま、最後まで読めました。

海外のを翻訳したものなのかな?ちょっと日本語がへんなとこあったけどそれとは別に、書いてあること自体が意味不明っていうか、こういうのって、子ども側の人が書いてるんだろうか、母親側の人が書いてるんだろうか。
もし、自分の子が大きくなって「母親うぜー」とか言ったとして、誰かがうちの子にこのページみたいなことを言って諭してたらうぜーなーって思った。全母親の気持ち言い切れるお前は誰なんだよ、的な。

前は、こういうのを読んで泣けるというのが、親子関係の苦しみから解放された合図っていうか、赦しのゴールなのかなと思ってたことも少しあった。だけど、こういうのは解放度が関係してるんじゃなくて、好みの問題なんだなと思いました。だって娘として読んでも母親として読んでもぜんぜんピンと来ないもん。

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昨日(3/21)19時からTBSでやってた特番「生命38億年スペシャル“人間とは何だ…!?”」で、毒親・毒母のことをやってて、「母がしんどい」も出てました。
安住さんが手に持ったまま、かなり長い時間話してましたよ。

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(この写真は桃山商事の佐藤さんが撮ってツイッターにアップしたものです)
このあと「母がしんどい」のコマが映り、声優の人がセリフを朗読して再現漫画ドラマみたいのが数分ありました。
出るかもって連絡は来てたけど、こんなにたくさん使われるとは知らなかったのでびっくり。うれしいな。
内容を朗読してるところは、家族もいたので猛烈に照れくさくなり、「きゃーーーぎゃーーー!」と騒いで音声をかき消しました。その直後から用事があったので、番組はそこまでしか見られなかった。
テレビで「毒母」特集やるの久しぶりだったね。
posted by tabusa at 10:43| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

ジョゼりました

空いた時間にネットフリックスで「ジョゼと虎と魚たち」をつい再生しちゃいました、
オープニングがやばいわ、映像と音楽とクレジットの名前ね。ギュンギュンにきますわな。
逆に公開時は全く見られない、見たくない、見たら死ぬ、みたいな感じで、話題になりまくってたけど脳から情報を排除してました(暗黒期)

江口のりこが出てた。もう、めっちゃめっちゃあの時代のカワイコちゃん。スレンダーででも胸があって、あのなにあのショートヘア、どうなってんだ、あれ『昔』の髪型だけど、今でもぜんぜんスーパーかわいいのに、あの髪型の子いま見ないな。いま街で見たらダサく見えるのかな。むちゃくちゃオシャレなのに。
とにかくあのスレンダーヌードでショートヘア、って2000年代初頭だよね。いまってあんまり見ないし、本当にこの10年で一気に文化がアニメとアイドルが台頭したってことが分かるなあ。

時間がないから途中でとめた。早く続きがみたいな

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ラブピのコラムが更新されました
「パンテーンのCMが気持ち悪い」
http://www.lovepiececlub.com/lovecafe/mejirushi/2016/03/10/entry_006077.html
posted by tabusa at 00:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

八日目の蝉

映画の「八日目の蝉」を観ました。いつか観ようと思ってた。
不安定すぎるお母さんが「ルナティック雑伎団」のゆり子みたいですごい面白かったです。
んがー!って言ってたよね。お母さん役の森口瑤子さん。
台所がめっちゃ汚いのもすごいよかったなー。

映画の「花とアリス」大好きなんだけど、あれもお母さんが片付けられない人で、めっちゃくちゃな家なんだよね。ぐっちゃぐちゃにものが積み上がったテーブルの上でご飯とか作ってる。相田翔子のおとぼけ母みたいなのと背景がマッチしてて、すごくいいんですよね。
あれに比べると「八日目の蝉」のお母さんの片付けられなさはそんなでもない。人物的には「花とアリス」くらい家が汚くてもおかしくないと思うけど、ゴミ屋敷すぎると話の内容わけわかんなくなるから、台所だけさりげなく汚いのが、うわーいいな〜!って思いました。

とにかく、お母さん役の森口瑤子さんが「歌って」と要求されて「ちがう」とダメ出しされ、途中までニコニコ耐えてたけど突然キエ〜〜〜〜!!!ってなっちゃうシーンがめっちゃ面白かったです。
その感情って共感できるし、子ども側から見た恐怖も記憶あるし、だから笑えないんだけど、でも、はたから見るとコントすぎて吹き出してしまいました。
私やっぱ、ああいう女の人嫌いじゃないな。一緒にいるのは勘弁だけど、嫌いではない。

あと内容と関係ないけど、主役の井上真央ちゃんがベッドシーンでかたくなに床にべたーっと体をつけて背中だけ見えるようにしてたのが不自然すぎて面白かった。確かにこっちとしても真央ちゃんの胸元とかエロス的な部分をあまり感じたくはなくて(例えば高岡早紀だったら早紀さんが出てる映画ならとりあえず早紀さんのおっぱいを見たい、話に無関係に脱いでくれて構わない)、真央ちゃん側もそれを分かってて、でもできる限りのチャレンジ精神は見せたい・見せて欲しい、という需要と供給がバチッ!とハマったのがあの不自然な体勢である、というのがすごく気持ちよかったです。仰向けになって布団をかけててもいいわけなんだけどさ、それじゃちょっとせっかくのラブシーンなのにあまり面白くない、みたいなのがあってあの姿勢になったんじゃないかな、とか想像したりして楽しめた。
永作博美の授乳シーンもそれと同じでした。あれは周りに誰かがいる時のあげかただよね。だから不自然なんだけど、でもこれでいいのだ、という感じの気持ちよさでした。
posted by tabusa at 23:59| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする